「あなたの心に…」
第3部
「アスカの恋 怒涛編」
Act.46 綾波邸にようこそ
今日は6月1日。
シンジの誕生日までもう少し。
プレゼントも用意したし、会場は我が家でいいよね。
いや、やっぱりシンジの家の方がいいのかもしれないわ。
レイのこと忘れてた。
あの子だって絶対にパーティーに参加するんだから、私の家でしないほうがいいわよね。
私だって、そのくらいの気は利くし、別にそこまでレイを敵視するつもりは無いわ。
結構色々やられてるけど、ね。
甘かった。
私はまったくもって甘すぎたわ。
郵便ポストに届いた葉書には…。
6月6日午後3時から、私の家で、 碇シンジさんの誕生日パーティーを致します。 参加される方は私までご連絡ください。 綾波レイ |
やられた。
今回も見事にやられてしまったわ。
あまりに見事すぎて、腹も立たないわ。
でも…この葉書、誰宛に出してるんだろう。
私以外にも出しているはずよね。
クラスの全生徒に出されていたって事は、翌日学校に行ってわかった。
ところが、誰も申し込んでいないみたい。
どうしてだろう。
休み時間にヒカリに聞いてみると、レイは人気が急低下してるみたい。
「え?レイって学年No.2美少女なんでしょ。どうしてよ」
「暗いからだって。それに碇君にベタベタしすぎ。周りのことなんか全然構わないしね」
ふ〜ん、ま、なんとなくわかるけど…。
でも、イヤ!
こんなの嫌いっ!
「ヒカリ、アンタも出席するわよね!」
「へ?出席って…碇君のパーティーに?」
「当たり前じゃない。出るわよね!」
「は、はは…。ダメだって言ったら、無事に家に帰してくれそうも無いわね」
「よしっ!じゃ、ヒカリはあの二人も出るように言ってきて」
「ふ、二人って…?」
「ジャージとメガネ。決まってんでしょ!」
「わ、私が?」
「ヒカリが来てって言ったら、鈴原は絶対に来るでしょ。そしたらメガネも勝手について来るって」
「そ、そうかな…」
ヒカリったら、まんざらでもない顔しちゃって。
いいなぁ…、この二人は。
体育の時間の前。
体操服に着替えた私は、前を歩くレイの肩を軽く叩いたわ。
「あら、惣流さん」
「私、行くからね。パーティー。あと、ヒカリと、鈴原。それにメガネもね」
「そうですか。別に無理にお出でいただかなくてもよろしいんですよ」
もう!この娘ったら、どうしてこう強がるんだろ。
「いいの。行きたいの。用はそれだけ。じゃあね」
私はことさらに明るく言うと、校庭へ走っていった。
レイがどんな顔をして、私の背中を見ているのか、凄く気になったけどね。
別に感謝して欲しいんじゃない。
ただ、そんなに突っ張って生きて欲しくない。
そう思うだけ。
「ええぇ〜っ!あの娘の家だったら、私行けないじゃない!」
「あのね、ここでやっても、アンタは出席できないでしょ」
「あ、きっつぅ〜い。どうせ、私は実体の無い幽霊ですよ〜だ」
マナはおかんむりだ。
思い切りほっぺを膨らませて、背後に“プイッ!”と吹き出しが入りそうな感じでベッドの上を漂っている。
マナと出会ってもう半年以上になるけど、未だに面と向かっていると幽霊とは思えないわ。
「雰囲気を楽しみたかったのに…」
「仕方ないじゃない。レイのところでするんだから」
「本当にアスカはお人よしよね。そんなの、出席しなきゃいいのに」
「アンタ馬鹿?私たちが行かなかったら、レイだけじゃなくて、シンジだって悲しむじゃない」
「あ、そうか」
音がしないのが不思議なほど、大きな身振りで手を打つマナ。
「そうだよね、あんな大きくて人気の無いお屋敷で、たった二人でパーティーは可哀相よね」
「へえ、そんなにがらんとしてるの?」
「アスカは行ったこと無いの?」
「塀の外からだけ。中は入ってないの」
「そっか。凄いよ。一部屋だけで、ここの全部の部屋が入ってしまいそう」
「う〜ん、それって複雑よね。単純に驚いていいものやら」
「いいんじゃない?私の知る限り、このあたりで、あの娘の家に勝てるとこなんてないよ」
「そうなんだ。でも、人が少ないって」
「家族がいないみたい。あの娘の他は、みんな召使みたいな人ばっかりだった」
「え?おじい様ってのは?」
「いないよ。ううん、私が行った時には、いなかった。一緒に住んでないんじゃないの?」
「そうなん…だ。あんな大きなところに一人暮らしなんだ」
「あああ〜っ!また、同情する!アスカの悪い癖」
「何よ。じゃ、せせら笑うような人間の方がいい?」
「う〜ん。やっぱりそれは駄目。
まあ、敵に同情しちゃうのが、アスカのいいところであり、悪いところでもあるってことで」
「何か、上手くまとめられてしまったような…」
「気にしない。気にしない」
「ところでさ、マナはどうするの?シンジの誕生日は」
「参加できないんだもん。ママとカラオケでもするよ。あ、パパとデュエットしようかな」
「ぷっ!」
あのパパが幽霊と並んでカラオケ…。
「マナ、それはダメよ。私のいるときにしてぇ〜。見たいよぉ。絶対に見たい!」
「ダメ!アスカはシンジのバースデーパーティーを楽しめばいいでしょ。
私はママとパパとで楽しむから。そうだ!ゴ○ンジャーにしようかな!」
「お願い!ねっ!」
「だぁめっ!」
「くぅ…」
世紀の見物を…。ホントに残念だわ。
でもまあ、マナが元気になったのはいいことね。
6月6日。
シンジの誕生日。
私たち4人は、綾波家の門前に立ち尽くしていた。
もちろん、朝一番にシンジはレイによって連行されてしまっていたの。
私以外の3人ははじめて見たらしく、その門だけで圧倒されていたわ。
「おい、すげぇな」
「ああ、滅茶苦茶大きな玄関やな」
「トウジ、お前間違ってるぞ。ここは表門で、多分ず〜と奥に玄関があるんだ」
「さよか」
「私…もっとよそ行きの服着てくれば良かった…」
「何言ってんのよ。ヒカリ、可愛いわよ。それにこいつなんかいつものジャージよ」
「アホ!こ、これでも、よそ行きの…」
「じゃ、押すわよ」
「ま、待ってんか。心の準備が…」
「馬鹿」
私は容赦なくインターホンのボタンを押した。
一瞬の静寂の中で、3人が緊張しきっているのがひしひしとわかる。
実際、私だってちょっとびびってたんだけどね。
数秒のインターバルは心臓にかなり堪えたみたい。
『どちら様ですか』という男の人の問いかけに、声が少し裏返っちゃったから。
「あの…綾波さんのクラスメートで、惣流と申します」
『しばらくお待ちください』との返事のあとに、
鉄製の門が左右に自動的にゆっくりと開くのを見て、男二人は『おおぉっ!』と声を揃えてるの。
確かにこれって凄いわよね。
ただ、メガネが♪ワンバダバ♪なんて口ずさんでるのはよくわからないけど。
帰ったらマナに訊いてみよう。きっと、マナなら知ってるわ。
門からお屋敷まで、何と自動車で移動したの。
これにはびっくり。
そりゃあ、屋敷内に鉄道なんてあるわけないし、馬車なんかぴったりだけど、まさかね。
でもそんなのが似合いそうな感じ。
それもそのはずよ。
綾波家って、明治の元勲の流れらしいの。
お屋敷もその当時のものを補修してるんだって。
徐行で走ったんだけど、それでも5分はかかったわ。
ホント、とんでもないブルジョワだわ。
しかも、この車を運転していたのは、あの温泉の時に旅館にいた黒サングラスだったの。
私の方を見てにやりと確かに笑ったわ。むかっときたけど、我慢我慢。
今日はシンジのバースデーだもん、ごたごたは起こさないようにしなきゃ。
大きな玄関。
どうしてこんな大きさの玄関なの?これなら、フランケンシュタインが屈まずに出入りできるわ。
その玄関の前に、白髪で長身のおじいさんが立っている。
きっと執事って人よね。少しだけ微笑を浮かべた、執事特有の表情だわ。
「ようこそお越しくださいました。私、冬月と申します」
少し頭を下げた冬月さんに、私たちは慌てて最敬礼した。
だって、召使の人への対し方なんて誰も知らないもん。
でも、人のよさそうな感じ。
もって冷徹な感じだと想像してた。レイの最近の雰囲気のせいね、その先入観は。
私たちが通されたのは、教室が3つくらい入りそうな大きな部屋。
きっと、パーティー用の部屋ね。
うん、舞踏会なんかがここで開かれるのよ。そんな感じ。
そんな舞踏会でパーティードレスを着た私とシンジがワルツを踊るの。
……。
ドイツのホームパーティーで散々踊ったけど、シンジとならきっと最高の気分になれそう。
あ…。
豪勢なお料理がずらりと並べられたテーブル。
その向こうにレイとシンジが並んでいる。
シンジは少しだけよそ行きっぽい服装だけど、レイはパーティードレス。
癪だけど、可愛い。
淡い水色のドレスが凄く似合っている。
そして、扉のところに固まっている私たちの方を見て、微笑んで会釈をしたの。
「けっ!シンジの前やから猫被ってやがるわ…」
小声で悪態を吐いた鈴原だったけど、実は私も同じことを考えてしまっていたの。
その鈴原にはヒカリが肘打ちをしていたけど、私も心の中で自分の頬を引っ叩いた。
鈴原の言葉を耳にはさんだ冬月さんが一瞬、寂しげな表情を浮かべたのを見てしまったから。
ああ〜あ、ダメだ、私は。
この豪邸にコンプレックスを抱いてしまったのね。
こんなのじゃ、レイに負けるって思ったから…。
とにかく今日はシンジの誕生日なんだから、シンジが嫌な思いをしないように。
ということは恋敵のレイを悲しませないようにしないといけない。
だって、レイはシンジの彼女なんだから…。
『本当にアスカは馬鹿ね』って、マナの声が聞こえたような気がしたわ。
Act.46 綾波邸にようこそ ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第46話です。
『シンジのバースデイパーティー』編前編になります。レイのお屋敷が初お目見えです。
豪邸に住んだことはもちろん一度もありませんが、前のお仕事のときに、結構宝塚や芦屋の豪邸にお伺いしたことがあります。それを参考に設定しましたが、さすがに執事の人とは話したことはありません。お手伝いさんや秘書さんですね、私が相手をしたことがあるのは。仕方がないので、『ペリーヌ物語』のセバスチャンさんをモデルにさせていただきました。ああ、世界名作劇場復活して!まあ、フジでは無理だから、NHKBSあたりで…。